知識図書館は商品を選ばない。選べる知識を提供する。
Wi-Fiルーターの商品ページでは「Wi-Fi 7」「5764Mbps」「10GbE」「8ストリーム」など、大きな数字が並びます。
しかし、ルーター側が4804Mbps対応でも、スマートフォン1台が4804Mbpsで通信できるとは限りません。
Wi-Fiの実効速度は、
規格 → 周波数帯 → チャネル幅 → 空間ストリーム数 → 端末側能力 → 電波環境 → 有線ポート → インターネット回線
のうち最も遅い部分で決まります。
1. Wi-Fiルーターは何をしているのか
家庭用Wi-Fiルーターは主に、
- インターネット回線と家庭内LANを接続する
- 複数端末へIP通信を分配する
- 無線LANアクセスポイントとして電波を送受信する
装置です。
「Wi-Fi速度」と「インターネット速度」は別物です。
たとえばPCとNAS間では2Gbps出ても、契約回線が1GbpsならWeb閲覧は1Gbpsを超えません。
逆に10Gbps回線でも、ルーターのWANポートが1GbEならそこで約1Gbps級に制限されます。
2. Wi-Fi 5・6・6E・7の違い
代表的な規格は次の通りです。
| 呼称 | IEEE規格 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| Wi-Fi 5 | 802.11ac | 5GHz中心、MU-MIMO |
| Wi-Fi 6 | 802.11ax | OFDMA、効率改善、2.4/5GHz |
| Wi-Fi 6E | 802.11ax | Wi-Fi 6を6GHz帯へ拡張 |
| Wi-Fi 7 | 802.11be | 320MHz、MLO、4K-QAMなど |
世代が新しいほど最大速度は上がりますが、端末側も対応して初めて使えます。
Wi-Fi 7ルーターにWi-Fi 5スマホをつないでも、そのスマホはWi-Fi 5として通信します。
3. 2.4GHz・5GHz・6GHzは何が違う
無線通信では周波数が上がるほど、一般に自由空間伝搬損失や壁・家具による減衰が大きくなりやすくなります。
2.4GHz
- 壁越しに比較的届きやすい
- 遠距離に向く
- Bluetoothや電子レンジなど同帯域機器が多い
- 利用可能チャネルが少なく混雑しやすい
5GHz
- 2.4GHzより広い帯域を使いやすい
- 高速
- 壁による減衰は大きめ
- 家庭用Wi-Fiの中心帯域
6GHz
Wi-Fi 6E/7で使われます。
- 新しい帯域で混雑が少ない
- 広いチャネルを取りやすい
- 近距離高速通信に向く
- 壁越し・遠距離では不利になりやすい
「6GHzだから常に最速」ではなく、近距離・見通しの良い場所で力を発揮しやすい帯域です。
4. チャネル幅――20/40/80/160/320MHz
道路に例えるならチャネル幅は車線数です。
広いほど1回に多くのデータを送れます。
代表的には、
- 20MHz
- 40MHz
- 80MHz
- 160MHz
- 320MHz(Wi-Fi 7)
があります。
Wi-Fi 7では320MHz動作が規格上可能です。
ただし幅を広げるほど、
- 空いている連続周波数帯が必要
- 周囲のWi-Fiと干渉しやすい
- 端末側対応が必要
です。
混雑した集合住宅では160MHzより80MHzの方が安定する場合もあります。
5. 「4804Mbps」の正体
Wi-Fiルーターに書かれた4804Mbps等は、多くの場合PHY Link Rateの最大値です。
実効転送速度ではありません。
無線通信では、
- MACヘッダ
- ACK
- 暗号化
- 再送
- 電波競合
- ガードインターバル
などに時間を使います。
そのため実データ転送はリンク速度より低くなります。
さらに4804Mbpsという数字が、例えば4ストリーム構成全体の値なら、2ストリームしか持たないスマホ1台ではそこまで出ません。
6. 空間ストリーム――2×2、4×4とは
MIMOでは複数アンテナを使って同時に複数データ系列を送ります。
2×2 MIMOなら送受信アンテナ系統を2本使える構成です。
一般的なスマートフォンやノートPCは2×2が多く、ルーターが4×4や8ストリームでも1台の端末が全ストリームを使うとは限りません。
ルーター側の多アンテナ化は、
- 複数端末同時通信
- Beamforming
- MU-MIMO
などにも意味があります。
7. MU-MIMOとOFDMA
MU-MIMO
複数端末へ空間的に並列送信する仕組みです。
1台を4倍速くする技術というより、複数端末を同時に扱いやすくする技術です。
OFDMA
チャネルを細かい周波数単位へ分け、複数端末へ割り当てます。
大量の小通信を行うスマート家電やスマホが多数ある家庭では効率改善に役立ちます。
Wi-Fi 6の大きな価値は最大速度より、こうした混雑時の効率改善です。
8. QAM――数字が大きいほど速いが条件が厳しい
Wi-Fiでは振幅と位相を細かく分けて多くのbitを一度に送ります。
Wi-Fi 6では1024-QAM、Wi-Fi 7では4096-QAM(4K-QAM)が利用されます。
1シンボルあたり、
log₂(4096) = 12bit
を表現できます。
しかし状態を細かく分けるほど、ノイズで判別しにくくなります。
したがって4K-QAMは、
- 近距離
- 強い受信信号
- 良好なS/N
で使いやすく、遠距離ではより低い変調方式へ落ちます。
「4K-QAM対応だから家の隅まで高速」とは限りません。
9. Wi-Fi 7のMLOとは
MLO = Multi-Link Operation。
従来は端末が基本的に一つの帯域・リンクを選んで通信しました。
Wi-Fi 7では複数リンクを協調利用できます。
例えば、
- 5GHz + 6GHz
- 2.4GHz + 5GHz
など。
実装によって、
- 複数リンクを同時利用して速度を上げる
- 混雑の少ないリンクを使う
- 遅延を減らす
といった効果が期待できます。
ただしルーターと端末の双方がMLOを適切にサポートする必要があります。
10. 320MHz対応でも日本の住宅で必ず有利ではない
320MHzは非常に広い帯域です。
近距離で対応端末を使えば大きな性能向上が可能ですが、家庭では、
- 壁
- 電波混雑
- 端末が160MHzまで
- 2×2端末
- WANが1GbE
など別の要因が先に限界になることがあります。
Wi-Fi 7の価値を「320MHzだけ」で評価しない方が良いです。
11. WAN/LANポートがボトルネックになる
Wi-Fiリンク速度が2.4Gbpsでも、PCをつないだLANポートが1GbEなら有線側が先に詰まります。
Ethernetの代表例:
- 1GbE
- 2.5GbE
- 5GbE
- 10GbE
1GbEの理論値は1Gbpsですが、実ファイル転送ではプロトコルオーバーヘッドがあるため、おおよそ900Mbps台、MB/s換算では100MB/s強が上限になります。
1Gbps ÷ 8 = 125MB/s
が生データ換算の理論上限です。
10Gbps回線を使うなら
- 10GbE WAN
- 10GbE/2.5GbE LAN
- 対応LANケーブル
- PC側NIC
まで確認します。
12. PPPoEとIPoE
日本の光回線ではPPPoE混雑が速度低下要因になることがあります。
IPoE(IPv6 IPoE)では従来のPPPoE網とは異なる経路を利用できるサービスがあります。
ただし「IPv6対応」とだけ書かれていても、契約ISPの方式に対応しているとは限りません。
確認するのは、
- IPv6 IPoE
- IPv4 over IPv6方式
- ISP対応方式
です。
13. メッシュWi-Fiとは
複数アクセスポイントを一つのネットワークとして連携させます。
広い戸建てでは、1台の強力なルーターより適切な場所へ複数APを置く方が有効なことがあります。
無線Backhaul
子機APと親機をWi-Fiで接続。
配線不要ですが、同じ無線帯域を中継に使う場合、端末通信と帯域を分け合います。
有線Backhaul
LANケーブルでAP間を接続。
最も安定しやすく、可能なら有力です。
Tri-band
中継専用帯域を持てる製品では無線メッシュの性能低下を抑えやすくなります。
14. 中継器を増やせば速くなるわけではない
無線中継は電波を「再生」できますが、元リンクが遅ければ速度も上がりません。
設置位置は、
電波が届かなくなった場所
では遅すぎます。
親機から十分な速度で受信できる中間地点に置きます。
15. 「接続台数150台」の読み方
接続可能台数と、150台が同時に高速通信できることは別です。
IoT機器150台が低速通信するのと、PC150台が動画配信するのでは負荷が全く違います。
家庭なら「最大接続台数」より、
- CPU
- メモリ
- MU-MIMO/OFDMA
- 実際の同時通信性能
を見る方が重要です。
16. 戸建てとマンションで選び方は違う
1〜2LDKマンション
1台で十分なことが多い。
- Wi-Fi 6/7
- 5GHz中心
- 1GbEまたは2.5GbE
で足りる場合が多いです。
2〜3階建て戸建て
1台の高出力化よりAP配置を考える。
- 階段付近
- 各階中央
- 有線Backhaul
を検討。
鉄筋・断熱材の多い住宅
壁による減衰が大きく、6GHzだけに頼らない。
17. どこまで高性能が必要か
1Gbps回線・スマホ中心
Wi-Fi 6の2×2・80MHzでも十分な家庭は多いです。
2Gbps超回線・NASあり
- 2.5GbE以上
- 160MHz
- Wi-Fi 6E/7
の意味が大きくなります。
10Gbps回線
WANだけ10GbEでも不十分。
LAN側・端末側も2.5/10GbE対応を確認します。
18. 結局どこを見る?
①回線速度 → ②家の広さと壁 → ③端末のWi-Fi世代 → ④5/6GHz → ⑤チャネル幅 → ⑥端末の2×2/4×4 → ⑦WAN/LANポート → ⑧メッシュ
の順で考えます。
「Wi-Fi 7だから速い」ではなく、家庭内でどこがボトルネックになるかを見ることが重要です。
購入直前チェックリスト
- 自分の端末がWi-Fi 6/6E/7のどこまで対応しているか
- 端末が80/160/320MHzのどこまで対応するか
- 端末の空間ストリーム数を確認した
- 2.4/5/6GHzを用途で使い分ける
- 「4804Mbps」を実効速度と思っていない
- WAN/LANポートが回線速度を受けられる
- NAS利用なら2.5GbE以上も検討した
- 戸建てならメッシュ/有線AP配置を検討した
- 無線Backhaulの帯域消費を理解した
- 10Gbps回線ならPC側NICまで確認した
- ISPのIPoE/IPv4 over IPv6方式に対応する
参考資料
- IEEE 802.11 wireless LAN standards
- Wi-Fi Alliance, Wi-Fi CERTIFIED 6 / 6E / 7