グリホサートは本当に危険なのか?―発がん性評価が割れる理由を科学から読み解く

IARCのGroup 2A、WHO/JMPR、EFSA、EPA、日本の再評価を比較し、「発がん性がある」と「通常の食事でがんになる」の違いを整理します。

公開 2026/9/2 確認 2026/9/2 読了 11分 中級 執筆: 知識図書館 編集部

この記事の結論

  • IARCのGroup 2Aは発がんハザードの分類で、通常の食品曝露による発がん確率を示すものではありません。
  • JMPR、EFSA、EPAなどは、曝露量や経路を含むリスク評価という異なる問いを扱います。
  • 有効成分、製剤、職業曝露、食品由来の低濃度曝露を区別して研究を読む必要があります。

グリホサートほど、農薬の議論を象徴する物質は少ない。

SNSではしばしば、

WHOが発がん性物質に認定した農薬

と紹介される。

一方、各国の規制機関を見ると、EU、米国、日本で現在も一定の使用が認められている。

すると疑問が生まれる。

発がん性があるのに、なぜ禁止されないのか?

あるいは逆に、

各国が認可しているならIARCの評価は間違っているのか?

実は、この対立のかなりの部分は、「ハザード評価」と「リスク評価」という別の問いを比較していることから生じている。

この記事では、グリホサートの作用、発がん性評価、食品からの曝露、日本・EU・米国の現在の扱いまで整理する。


グリホサートとは何か

グリホサートは世界で広く利用される非選択性除草剤である。

植物が芳香族アミノ酸を合成するために使うシキミ酸経路のEPSPSという酵素を阻害する。

この経路は人間を含む動物には存在しないため、植物に対して選択的に作用しやすい。

ただし、「標的経路が人間にない=どんな量でも無害」ではない。

どの化学物質でも、十分な量を摂取すれば別の生体影響が生じ得る。だから毒性試験と曝露評価が必要になる。


最大の争点は「発がん性」

2015年、IARC(国際がん研究機関)はグリホサートをGroup 2A:ヒトに対しておそらく発がん性があるに分類した。

IARCは、ヒトでの証拠を「限定的」、実験動物での証拠を「十分」と評価し、機序に関する証拠も含めてGroup 2Aとした。

ヒト疫学では特に**非ホジキンリンパ腫(NHL)**との関連が議論されてきた。

しかしGroup 2Aは、日常生活でその物質に触れた人が何%がんになるかを示す分類ではない。

IARC自身が説明している通り、これは発がんハザードの同定である。


「発がん性がある」と「食べるとがんになる」は違う

IARCが答えている問いは、

グリホサートは条件によって発がん作用を持ち得るか?

である。

一方、食品安全行政が知りたいのは、

食品に残留する程度の量を人が食べた場合、実際に健康リスクになるか?

である。

リスクは、量、曝露時間、曝露経路、頻度、感受性によって変わる。

この二つを混同すると、「発がん性あり」という言葉だけで実際の食品リスクまで決めてしまうことになる。


WHO内部で結論が違うように見える理由

IARCはWHOの専門機関として発がんハザードを評価する。

一方、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)は、食品から実際に摂取する量を含めたリスクを評価する。

JMPRは2016年、食事由来の曝露では、グリホサートがヒトに発がんリスクをもたらす可能性は低いと結論した。

つまり、

  • IARC:発がん能力を持つ可能性がある
  • JMPR:通常想定される食品曝露では発がんリスクは低い

という整理になる。

これは必ずしも矛盾しない。


なぜIARCとJMPRで証拠の重み付けが違うのか

IARCは公開された研究を中心に、ヒト疫学、動物実験、遺伝毒性、発がん機序などを幅広く評価する。

JMPRは食品を通じた曝露リスクを評価するため、経口曝露、哺乳類でのin vivo研究、実際に想定される摂取量などを重視する。

そのため、同じ研究群を見ても意味づけが変わり得る。

重要なのは「どちらが正しいか」だけではなく、何を評価する機関なのかを見ることである。


EUはなぜ禁止していないのか

EUでもグリホサートは現在認可されている。

2023年、EUはグリホサートの承認を更新し、2033年12月15日まで使用可能とした。

EFSAは2023年のレビューで、人、動物、環境に関する評価について、承認更新を妨げる「重大な懸念領域」は特定されなかったとした。

またECHAは2022年、発がん性・変異原性・生殖毒性物質として分類する基準を満たさないとの判断を維持した。

ただしEUは無条件に自由使用を認めているわけではない。

  • 収穫時期調整のための乾燥剤用途の禁止
  • 不純物上限
  • 生物多様性への配慮
  • 各加盟国による追加制限

などが設けられている。


米国EPAはどう評価しているか

米EPAはこれまで、表示通りに使用された場合に人の健康について懸念されるリスクは確認されず、グリホサートはヒトに対して発がん性がある可能性は低いという評価を示してきた。

ただし、EPAの2020年の暫定決定はその後の訴訟を受け、2022年に撤回された。

ここで注意したいのは、暫定決定の撤回=グリホサートが発がん物質と認定された、ではないことだ。

EPAは登録再評価を継続しており、2026年8月には今後の健康リスク評価に用いる新たな公開文献レビューを公表し、パブリックコメントを募集している。

つまり米国でも評価は現在進行形である。


日本ではどうなっているのか

日本の食品安全委員会は2016年の評価で、グリホサートのADIを1 mg/kg体重/日と設定した。

体重60kgなら60mg/日に相当する。

ただしADIは、「ここを超えたらすぐ中毒になる量」ではない。無毒性量などから安全係数を使って設定する管理上の基準である。

日本では農薬の再評価制度が導入され、グリホサートも最新の科学的知見による再評価対象となっている。

2026年8月27日にも、食品安全委員会の農薬第一専門調査会でグリホサートの食品健康影響評価が審議された。

そのため、現時点では**「日本の評価は完全に確定済み」ではなく、再評価が進行している**と書くのが正確である。


実際の日本人はどのくらい摂取しているのか

2024年度のマーケットバスケット方式による調査では、グリホサートの推定一日摂取量は6.49~7.86µg/人/日だった。

体重60kgのADIは60mg/日。

7µgは0.007mgなので、ADIに対する割合は**約0.012~0.014%**である。

ここを見ると、法律上の残留基準値と、実際の食事から取り込む量が全く別の数字であることが分かる。


「小麦30ppm」という数字の意味

日本では小麦のグリホサート残留基準値が30ppmとなっている。

しかしこれは、小麦に許容される残留上限であって、市場の小麦に常に30ppm残っているという意味ではない。

MRLは、正しい使用方法で農薬を使用したときの残留試験、食品摂取量、ADI、ARfDなどを総合して設定する。

したがって、MRLと実際の摂取量は分けて考える必要がある。


海外産小麦は収穫直前に大量散布されるのか

グリホサート議論では、海外では収穫前の小麦に散布して枯らしているという話もよく出る。

実際、一部地域では収穫前に雑草防除や乾燥を目的として使用されてきた事例がある。

しかし、国、作物、使用目的、登録条件によって扱いは異なる。

EUでは2023年の承認更新時に、収穫時期の調整や脱穀を容易にすることを目的とした乾燥剤用途は禁止された。

「海外の小麦はすべて収穫直前にグリホサートをかけている」という説明も正確ではない。


グリホサートと遺伝子組換え作物

グリホサートが大量に使われるようになった背景には、グリホサート耐性遺伝子組換え作物の普及がある。

大豆やトウモロコシなどにグリホサート耐性を持たせることで、作物を枯らさず雑草だけを除去できる。

一方、長期的にはグリホサート耐性雑草が増えるという問題も起きた。

これは人への毒性とは別だが、一つの除草剤への依存が農業生態系に何をもたらすかという重要な論点である。


腸内細菌への影響はどうなのか

シキミ酸経路は人間の細胞には存在しないが、一部の細菌には存在する。

そのため、グリホサートが腸内細菌叢を変化させるのではないかという研究も行われている。

ただし、試験管内や高濃度の動物研究で影響が出たことと、食品中の残留量でヒトに健康影響が出ることは同じではない。

現時点で、通常の食事から摂るグリホサートによって人の腸内細菌が壊れ、病気になることが確立しているとは言えない。


製剤と純粋なグリホサートは同じではない

市販製品には、グリホサート以外に界面活性剤や補助剤などが含まれることがある。

そのため、ある製剤で確認された毒性を、そのままグリホサート単体の毒性として扱えない場合がある。

反対に、グリホサート単体の評価だけで全ての製剤が同じ安全性とも言えない。

農薬研究を見る際には、何を試験したのかを確認する必要がある。


農業従事者の曝露と食品曝露を分ける

発がん疫学研究では農業従事者が対象になることが多い。

農業従事者は、原液を扱い、散布し、吸入や皮膚接触による反復曝露を受ける可能性がある。

一般消費者は主に、食品残留物を経口摂取する。

この2つは曝露量も経路も大きく異なる。

農業従事者で健康影響との関連が見つかったとしても、そのまま食品を食べる人に同じリスクがあると置き換えることはできない。


では安全なのか、危険なのか

最も正確な答えは、

「物質として毒性を持ち得るが、現在確認されている通常の食品曝露量は、設定された健康基準よりはるかに低い」

となる。

一方で、発がん性、製剤、生態系、腸内細菌、新しい長期毒性研究などについて研究が終わったわけではない。

したがって、

完全に無害

とも、

食べれば発がんする危険農薬

とも言わない方がよい。

科学的には、どの条件で、どのくらい曝露した場合に、どの程度のリスクがあるかを問い続けるのが正しい。


この論争から学べること

グリホサート問題は、農薬そのもの以上に科学情報の読み方を教えてくれる。

「発がん性あり」という一文だけを見るのではなく、

  • 誰が評価したのか
  • ハザードかリスクか
  • どの研究を見たのか
  • どの曝露量なのか
  • 食品曝露か職業曝露か
  • 現在の実測量はどれくらいか

を見る。

怖い言葉より、量と条件を見る。

これが食品安全を理解する基本である。


よくある質問

IARCのGroup 2Aは、食べるとがんになるという意味ですか?

いいえ。条件によって発がん作用を持ち得るかを示す分類で、日常の曝露量における発がん確率を表すものではありません。

各国で認可されているなら完全に安全ですか?

現在の使用条件と想定曝露で許容できると評価されていることを意味します。新しい知見に応じた再評価は必要です。

更新履歴

  • 2026/9/2:発がんハザードと実際の曝露リスクを比較する掘り下げ記事として初版公開。

参考資料

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