知識図書館は商品を選ばない。選べる知識を提供する。
イヤホンは数字だけで選ぶのが難しい製品です。
「5Hz〜40kHz」「φ12mmドライバー」「LDAC対応」「最大-○dB ANC」。どれも技術情報ですが、それだけで音が良いとは決まりません。
最終的な聞こえ方は、耳との密閉・周波数応答・歪み・ドライバー・アンプ・Bluetooth伝送・ANC・個人の耳形状が一つの系として決めます。
1. 音は空気の圧力変化
イヤホンの振動板が前後に動くと空気圧が変化し、その変化が鼓膜へ届きます。1秒間の振動回数が周波数です。
- 100Hz:1秒に100回
- 1kHz:1秒に1000回
- 10kHz:1秒に10000回
人の可聴域は一般に20Hz〜20kHz程度とされますが、個人差と年齢差があります。
「5Hz〜40kHz再生」だから「20Hz〜20kHz」より音が良いとは限らない。
重要なのは端点ではなく、各周波数をどの強さで再生するかです。
2. 周波数範囲より周波数応答を見る
同じ20Hz〜20kHz対応でも、100Hzが+8dB、3kHzが-5dBなら聞こえ方は大きく変わります。これを見るのが周波数応答です。
ただしイヤホン測定は耳道共鳴やイヤーチップ密閉の影響を受けるため、測定治具によってグラフが変わります。
比較するときは、
- 同じ測定サイト
- 同じカプラー
- 同じ補正方法
で見るのが基本です。
「完全な水平線」が絶対正解でもありません。耳介・耳道が音を変えるため、Harman Targetなど複数の目標曲線があります。
3. dBは対数
音圧の比は、
20 × log₁₀(p₂ ÷ p₁)
でdB表現します。
+6dBで音圧振幅は約2倍、+20dBで約10倍です。ただし人間が感じる「音量2倍」は物理量2倍とは一致しません。
周波数応答で数dBの差でも音色差として十分認識され得ます。
4. ドライバー方式
ダイナミック型
コイルへ電流を流し、磁界との力で振動板を動かします。低域を出しやすく、1ドライバーで広帯域化しやすい一般的方式です。
BA型
Balanced Armature。小型なので複数ドライバー構成にしやすい方式です。ただし4BAだから1BAより4倍高音質ではありません。クロスオーバーと音響経路の設計が重要です。
平面磁界型
面状の振動膜を磁界で駆動します。振動板全体へ力を与えやすい一方、磁石・筐体を含めて製品差があります。
ドライバー径
「14mmだから10mmより高音質」は成立しません。振動板材質、磁束密度、コイル、筐体、ベント、DSPまで含めて音が決まります。
5. 密閉だけで低音は大きく変わる
カナル型では、イヤーチップが小さすぎたり装着が浅かったりすると低周波の圧力が逃げ、低音が大きく減ります。
つまり「このイヤホンは低音が出ない」の原因が、ドライバーではなくイヤーピースということがあります。
確認するのは、
- XS/S/M/Lのサイズ
- シリコン/フォーム
- ノズル径
- 長時間で痛くないか
- 歩いて落ちないか
です。装着性は音質の一部です。
6. インピーダンスΩ
有線イヤホンでは16Ω、32Ω、80Ω、250Ωなどが見られます。
インピーダンスは交流信号に対する電気的な抵抗成分です。一般に同じ感度なら低インピーダンスは少ない電圧で電力を得やすい一方、アンプに電流を要求します。高インピーダンスは必要電圧が上がります。
ただし、
インピーダンスだけでは鳴らしやすさは決まらない。
感度と組み合わせて見ます。
7. 感度とアンプ出力
感度にはdB SPL/mW、dB SPL/Vなどがあります。
例えば32Ωへ1V RMSを加えると、
P = V² ÷ R = 1 ÷ 32 = 31.25mW
250Ωなら、
P = 1 ÷ 250 = 4mW
です。
同じ1Vでも投入電力は変わります。さらにイヤホン側の感度も違うため、Ωだけでは判断できません。
一般的な携帯用有線イヤホンは16〜32Ω前後が多いですが、32Ωだから必ず鳴らしやすいわけではありません。
8. 再生機器側の出力インピーダンス
イヤホンのインピーダンスは周波数によって一定とは限りません。多ドライバーBA機では変動が大きいことがあります。
再生機器側の出力インピーダンスが高いと、その変動と組み合わさって周波数応答が変わる場合があります。近年のスマホやUSB DACでは低い製品が多いですが、特殊な組合せでは確認ポイントです。
9. Bluetoothはコーデック名だけで決まらない
代表的なBluetooth Audio codecには、
- SBC
- AAC
- LDAC
- aptX系
があります。
A2DPではSBCが基本となるコーデックです。
LDAC
LDACは通信状況に応じて330/660/990kbpsなどのモードを使います。990kbpsは代表的なSBC設定よりデータ量が大きいですが、
990kbpsだから音質が3倍
ではありません。圧縮方式が違うのでビットレートだけで線形比較できません。
aptX Adaptive
通信状態や用途に合わせて動作を調整する考え方を持つcodecです。「aptX対応」とだけ見ず、どのaptXかを確認します。
最終音には、
- 送信端末
- RF環境
- codec実装
- 元音源
- DAC
- アンプ
- ドライバー
が影響します。
10. 送信側も対応していなければ使えない
LDAC対応イヤホンを買っても、スマホ側がLDACへ対応していなければLDAC接続にはなりません。
購入時はイヤホン側仕様と自分の端末側仕様をセットで確認します。
11. 音質より遅延が重要な用途
Bluetoothでは圧縮・無線送信・バッファ・復号・DSP・DACを通るため遅延が生まれます。
音楽では問題になりにくくても、ゲームや楽器では違和感になります。動画はOS側が映像を遅らせて同期することもあります。
ゲーム用途では、
- codec
- Game Mode
- 実測レイテンシ
- 2.4GHz専用ドングル
などを確認します。
12. ANCは何をしているのか
ANCはマイクで騒音を観測し、それを打ち消す方向の信号をドライバーから出します。
理想化すれば、
n(t) + {−n(t)} = 0
です。
実際にはADC/DAC、DSP、ドライバー、音響経路に遅延と位相変化があり、完全相殺はできません。
Feedforward
外側マイクで外来音を先に観測します。
Feedback
耳側マイクで実際に残った音を観測します。
Hybrid
両方を組み合わせます。
13. なぜANCは低周波に効きやすいのか
音速を約343m/sとすると、
λ = c ÷ f
です。
- 100Hz:約3.43m
- 1kHz:約34cm
- 10kHz:約3.4cm
高周波ほど波長が短く、数mmの位置差や制御遅延でも位相が大きく変わります。
そのため、
- 飛行機のエンジン音
- 電車の低い走行音
- 空調音
のような持続的低周波ではANCが働きやすく、人声・食器音・突発的高音は完全には消えません。
14. 「ANC -50dB」だけで選べない
ANC性能は周波数で違います。100Hzでは30dB下がっても2kHzでは10dBということがあります。
理想は周波数ごとのNoise Attenuationグラフを見ることです。
高域ではANCよりイヤーチップによるパッシブ遮音が重要になる場合があります。
15. 音質はどこまで測れるか
数値化できるものとして、
- 周波数応答
- THD
- 感度
- 最大音圧
- 左右差
- インパルス特性
などがあります。
THDは入力した正弦波に、本来なかった整数倍周波数成分がどれだけ加わるかを見る指標です。小さいことは望ましい傾向ですが、単一THD値だけで主観音質は順位付けできません。
16. 電池時間は本体とケースを分ける
「最大30時間」がケース込みなら、イヤホン本体が30時間連続再生するわけではありません。
本体6時間・ケース込み30時間なら、途中でケースへ戻して充電が必要です。
さらに、
- ANC ON/OFF
- 音量
- 高ビットレートcodec
- 通話
- 温度
で変わります。
17. 防水IP等級
IPコードは規定条件での試験です。IPX4とIPX7は試験方法が違うため、単純に「7なら4を完全包含」と扱えない場合があります。
また汗・海水・石けん・経年劣化を無条件に保証するものではありません。運動用途ではメーカーの汗対応条件も確認します。
18. 用途別
通勤
装着 → ANC → 外音取り込み → 電池 → マイク。
運動
固定性 → 汗への耐性 → 外音認識 → 操作性。
音楽鑑賞
周波数応答 → 装着 → 歪み → イヤーチップ → codec/有線。
ゲーム
実測遅延 → 接続安定性 → マイク → 装着 → 音像。
19. 過剰性能になりやすいもの
- 40kHz・50kHzまで再生という上限だけを追う
- LDAC 990kbpsを常に最優先する
- 多ドライバー数を音質順位とみなす
- 最大ANC値だけで比較する
20. 結局どこを見る?
①耳に合うか → ②用途 → ③周波数応答 → ④ANC/遮音 → ⑤遅延 → ⑥Bluetooth互換 → ⑦電池・マイク
高級codec、高周波再生、大型ドライバーは判断材料の一部であり、答えそのものではありません。
購入直前チェックリスト
- イヤーチップで確実に密閉できる
- 長時間装着して痛くない
- 周波数範囲ではなく周波数応答も確認した
- 有線ならインピーダンスと感度を確認した
- 再生機器側の出力能力を確認した
- codecがスマホ側も対応している
- codecだけでなく実測遅延を確認した
- ANCは周波数別傾向も見た
- 人声や突発音はANCで完全に消えないと理解した
- 本体連続時間とケース込み時間を分けた
- IP等級の条件を確認した
- 通話するならマイクの実使用評価を確認した
- 音質をドライバー数・径だけで決めていない
参考資料
- Bluetooth SIG, Advanced Audio Distribution Profile (A2DP)
- Sony, LDAC技術資料
- Qualcomm, aptX / aptX Adaptive技術資料
- Analog Devices, Feedforward / Feedback / Hybrid ANC解説